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東京高等裁判所 昭和42年(う)1239号 判決 1967年9月26日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四月に処する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人石田浩輔、同橋本保則が連名で差し出した控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断をする。

弁護人の論旨について。

所論は、原判決は法令の適用欄において「……、本件の起訴に係る被害金額の僅少であること」を認定しながら、「又一面情状として被告人の当公廷における供述及証人黄兌玟の供述、同人の司法警察員に対する供述調書の記載によれば、本件起訴事実以外にも相当多額の被害のあることが伺われ、……」と判示し、被告人を懲役五月に処している。これは、原判決が起訴された犯罪事実のほかに、起訴されていない犯罪事実を、いわゆる余罪として認定し、不当に重く処罰しているものと判断せざるをえない。このことは刑事訴訟法の基本原理である不告不理の原則に反し、憲法第三一条に違反するのみならず、さらに、その余罪が後日起訴されない保障は法律上ないのであるから、もしその余罪について起訴され、有罪の判決を受けた場合は、すでに量刑上責任を問われた事実について、再び刑事上の責任を問われるこにになり、憲法第三九条にも違反する(昭和四一年七月一三日最高裁大法廷判決参照)というのである。

そこで考察するに、原判決には、その法令の適用欄において、所論のような判示がなされている。そのなかの、「……本件起訴事実以外にも相当多額の被害のあることが伺われ、……」という記載は、いわゆる余罪につき、犯罪行為および被害金額が具体的に明示されていないので、本件起訴にかかる窃盗の動機、目的、被告人の性格等を推知する一情状として、右余罪を考慮したものとも解される余地がある。

しかしながら、所論の指摘するように

(一)  原判決は、「本件起訴に係る被害金額が僅少である」との、被告人に有利な情状を直接否定するために、右認定に引きつづき、具体的な判示を欠くとはいうものの、とくに、被害額が相当多額にのぼる余罪がある旨を判示していること、

(二)  余罪を真に情状証拠として考慮するのならば、起訴事実に関する証拠調の終了後の情状調査の段階で、余罪の立証がされるべきであるのに、原審においては、本件公訴事実について何らふれることなく余罪だけについて供述している黄兌玟の司法警察員に対する昭和四一年二月一六日付供述調書、および被告人の司法警察員に対する同年四月二〇日付供述調書を、第一回公判期日に証拠調をしていること、

(三)  被告人は昭和三九年一月一七日新潟地方裁判所村上支部において、傷害、暴行等により、懲役一年六月、ただし四年間の保護観察付執行猶予に処せられているとはいえ、本件起訴にかかる窃盗はパチンコ玉合計約一、一〇〇個の窃取で、被害額は時価約二、二〇〇円相当にすぎないし、その犯罪も悪質であるとはいえない。その上、被告人が右被害金額の弁償に努力した形跡が十分うかがえるのに、原審が被告人を懲役五月の刑に処したこと、

等を併せ考えると、原判決中の前記余罪に関する判示は、単に情状として斟酌したとみるよりは、むしろ本件公訴事実の外は余罪の事実を認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、これがため、被告人をとくに重く量刑処断したものと判断するのほかはない。これは犯罪事実を具体的に認定判示したものではないから、直ちに不告不理の原則に反するものとはいいがたいが、少くとも憲法第三一条の趣旨に違反するものというべきであり(前記最高裁判例、ならびに昭和四二年七月五日最高裁大法廷判決参照)、このような違憲の情状を量刑の資料に加えた原判決は、そのこと自体において、すでに判決に影響を及ぼすことの明らかな量刑上の誤を犯したものと考えざるをえないことの明らかな量刑上の誤を犯したものと考えざるをえないから、論旨は理由がある。

よつて本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八一条により、原判決を破棄した上、同法第四〇〇条但書の規定に従い、さらに、自ら次のように判決をする。

原判決が認定した事実に対する法律の適用は原判決摘示のとおりであるから、これを引用し、その処断刑期範囲内において被告人を懲役四月に処し、なお、原審の訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い、全部被告人に負担させることとして、主文のように判決する。(白河六郎 河本文夫 東 徹)

弁護人石田浩輔外一名の控訴趣意

原判決には、憲法第三一条および第三九条に違反した違法があるので、速やかに破棄さるべきである。

一(一) 本件「公訴事実」従つてこれを認容した原判決の「罪となるべき事実」は、「被告人は別紙のとおり昭和四一年一月八日頃から同月二四日頃迄の間に四回に亘り村上市大字村上一五一九番地パチンコ遊技場ニュースポーツランドこと黄兌玟店舗において同人所有のパチンコ玉合計約一一〇〇個(価格約二二〇〇円相当)を窃取したものである」というのであつて、これに限られている。

(二) ところが、検察官は、原審第三回公判調書中、「被告人は前非をくいており、現在定職にあり、生活も安定しているので被告人に利益に考慮して然るべきと思料します」との意見を述べていながら、「本件公訴事実は、四回になつているが、証人の供述のとおり回数の多い犯罪である。しかしその日時、数量等について証拠上正確にならないと刑事責任を問うことは出来ないので符合した分について公訴を提起したのである」として懲役一〇月を求刑しており、

(三) 原判決も前記検察官の論告求刑にこたえて、法令の適用の個所で、「本件の起訴に係る被害金額の僅少であること」を認定しておりながら、「又一面情状として被告人の当公廷における供述及び証人黄兌玟の供述、同人の司法警察員に対する供述調書の記載によれば、本件起訴事実以外にも相当多額の被害のあることがうかがわれ……」と判示し、被告人を懲役五月に処している。

二、ところで、原判決が認定するとおり、本件の起訴に係る公訴事実はパチンコ玉合計約一一〇〇個の窃取で被害金額も僅か二二〇〇円であり、しかも、証人黄兌玟の証人尋問調書中の、被害弁償関係についての弁護人の尋問に対する証言によれば、被告人が右二二〇〇円を証人のところに持つて行つたり、又弁護人からも手紙で証人に右二二〇〇円を取りに来る様要求しており、証人が他にも被害を受けていることを理由に受理しなかつたとしても、本件起訴に係る被害金額を弁償したと同視しうべき事情があるのであるから、仮に被告人に検察官主張の余罪がないとしたら、懲役一〇月の苛酷な求刑は現行実務上考えられないところである。

ところが、検察官は前記のとおり懲役一〇月を求刑した。右は、余罪の被疑事実はあるものの、起訴して公判を維持するに足る証拠を収集することができなかつたため、これを起訴せずに、本件二二〇〇円の窃盗の量刑につき参酌するという名目のもとに実質上処罰を求めているものであつて、かかる主張は断じて許さるべきではない。蓋し、かりにこの余罪部分をも含めて全部について起訴があり、その余罪部分については、犯罪の証明が十分でないとの理由で、一部無罪となつた場合を考えると、この無罪部分を量刑上考慮することは許されないからである。

三、しかるに原判決は検察官の主張にひきずられて、前記のとおり、証拠によつて余罪の被害額が相当多額であることを認定したうえ、被告人を懲役五月に処している。すなわち原判決は起訴された犯罪事実のほかに、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、被告人を重く処罰しているものである。

なるほど原判決は、余罪につき、犯罪行為および被害金額を具体的に判示していないので、原判決を読んだ限りでは、本件起訴に係る窃盗の動機、目的および被告人の性格等を推知する一情状として余罪を考慮したとも解せられうる余地はあろう。

しかし原判決が、

(一) 本件起訴に係る被害金額が僅少であることを認定しながら、被害金額が僅少なることの、被告人に有利な情状を有接否定するために、右認定に引き続き本件公訴事実以外にも余罪の被害額が相当多額あるとして、これを持ち出してきたこと。

(二) 余罪の被害が相当額なることを認定して、その刑事責任を被告人に帰せしめる以上、余罪につき具体的事実を判示しなかつたとはいえ、当然余罪を犯罪事実として認定することが前提となること。ちなみに検察官は原審第三回公判において、被告人の余罪をまず追究し、余罪被害額を弁償する気持があるか否かを問うている。

(三) 余罪を真に情状証拠として考慮するのならば、まず起訴にかかる公訴事実に関する証拠調べ終了後の情状調査の手続段階において、余罪の立証がなされるべきなのに、本件公訴事実について何ら触れることなく余罪のみについて供述している、被告人の司法警察員に対する昭和四一年四月二〇日付供述調書および黄兌玟の司法警察員に対する昭和四一年二月一六日付供述調書を第一回公判期日に証拠調べしていること。

(四) 被告人が傷害、暴行、恐喝未遂、詐欺の罪によつて懲役一年六月の刑に処せられ四年間の執行猶予中で而も其間保護観察に付されておるものであるとはいえ、本件起訴にかかる窃盗はパチンコ玉合計約一一〇〇個の窃取で、犯情も悪質とはいえず、前記のとおり被害額が僅か二二〇〇円で而も弁償したと同視しうべき情状があるのに、五月の懲役に処したこと

等併せ考慮するとき、原審余罪の判示は、本件公訴事実の外に余罪の事実を認定し、これによつて、特に重く量刑したものと判断せざるを得ない。

四、前記の如く起訴されていない犯罪事実を余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、被告人を重く処罰することは、刑事訴訟法の基本原理である不告不理の原則に反し、憲法第三一条にいう、法律に定める手続によらずして刑罰を科することになつて同条に違反するのみならず、さらにその余罪が後日起訴されない保障は法律上ないのであるから、若しその余罪について起訴され有罪の判決を受けた場合は、既に量刑上責任を問われた事実について再び刑事上の責任を問われることになり、憲法第三九条にも違反すること、最高裁判所判決(昭和四一年七月一三日大法廷判決)の判示するところである。

五、弁護人らとしては速かに原判決を破棄され、事件を原裁判所に差し戻して下さる様切望するものである。

別紙

番号

犯罪年月日(ころ)

窃取個数(個)

相当価格(円)

昭和四一年一月八日

一五〇

三〇〇

同年同月一〇日

五〇〇

一〇〇〇

同年同月一五日

三〇〇

六〇〇

同年同月二四日

一五〇

三〇〇

合計 一一〇〇個 二二〇〇円

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